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東京高等裁判所 平成7年(ネ)5834号 判決 1998年7月29日

控訴人(兼亡小林茂子訴訟承継人)

小林市松

控訴人(亡小林茂子訴訟承継人)

小林栴市朗

外一名

控訴人ら訴訟代理人弁護士

恵古シヨ

恵古和伯

佃克彦

被控訴人

中銀マンシオン株式会社

右代表者代表取締役

平岡繁行

右訴訟代理人弁護士

服部邦彦

花﨑浜子

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人小林市松及び亡小林茂子に対し、それぞれ金三〇〇一万二〇〇〇円及びこれに対する平成六年七月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人らの請求原因(以下において、「控訴人ら」とは控訴人小林市松(以下「控訴人市松」という。)と亡小林茂子(以下「茂子」という。)の両名を指す。訴訟被承継人茂子は、当審口頭弁論終結後の平成一〇年一月三〇日に死亡し、相続人である夫小林市松、長男小林栴市朗、次男小林良次(以下「良次」という。)が訴訟承継人となった。)

1  本件マンション売買契約、ライフケアサービス契約、ケアホテル会員契約の各締結

① 本件マンション売買契約

控訴人市松は、被控訴人から、平成二年一〇月三一日、別紙物件目録記載のマンション(以下「本件マンション」という。)を、代金六〇〇二万四〇〇〇円で買受けた(以下「本件マンション売買契約」という。)。なお、控訴人らと被控訴人は、平成三年三月、本件マンションの買主を控訴人市松から控訴人ら両名に変更することに合意した。

② ライフケアサービス契約

控訴人らは、本件マンション売買契約と同時に、訴外株式会社中銀ライフケア(以下「(株)中銀ライフケア」という。)との間で、ライフケアサービス契約と称する契約を締結した。右ライフケアサービス契約は、概略、(株)中銀ライフケアが本件マンションに入居する者に対し、マンション内施設の運営・食事・保健衛生・介護等のサービスを提供し、入居者がこれに対して費用を支払うことを内容とする有償の準委任契約である。そして、ライフケアサービス契約の保証金として、控訴人市松は八〇万円(なお、ライフケア管理料として別途月六万四〇〇〇円)を、茂子は四〇万円(なお、ライフケア管理料として別途月額三万五〇〇〇円)を支払った。

③ ケアホテル会員契約

控訴人らは、さらに同時に、訴外中銀ケアホテル株式会社(以下「中銀ケアホテル(株)」という。)との間で、介護が必要になったとき同社が経営するケアホテルを優先的に使用できるケアホテル会員契約と称する契約を締結し、控訴人市松は登録料一五四万五〇〇〇円と保証金三〇〇万円を、茂子は登録料五一万五〇〇〇円と保証金三〇〇万円を支払った。

2  「マンション売買契約」と「ライフケアサービス契約」と「ケアホテル会員契約」との一体性

これらの三つの契約は、形式上会社の名義は違うが、被控訴人、(株)中銀ライフケア、中銀ケアホテル(株)は実態は一つの会社であり、それぞれが本件マンションの売買契約と不可分一体のものとして締結されたものである。これらは、形式上は複数の契約であるが、そのうちの一つの契約でも履行されないときは契約を締結した目的が全体として達成されない関係にある。そこで、いずれかの契約に無効ないし債務不履行に基づく解除原因がある場合には、本件マンション売買契約を含む全体としての契約の無効ないし解除の効果をもたらすというべきである(最高裁平成八年一一月一二日判決、判例時報一五八五号二一頁以下参照。)。

3  被控訴人らの債務不履行事由

控訴人らは、本件マンション売買契約を債務不履行を原因として解除したが、被控訴人、(株)中銀ライフケア、中銀ケアホテル(株)は、形式上はともかく、経済的・社会的には被控訴人と同一視できるので、被控訴人、(株)中銀ライフケア、中銀ケアホテル(株)を合わせて「被控訴人ら」といい、被控訴人らの債務不履行事由をここに一括して「被控訴人らの債務不履行事由」として掲げる。

(一) 債務不履行事由一

平成四年五月六日、茂子は、胃癌の手術を終えて本件マンションに戻ってきたが、しばらく養生が必要なため、次男良次を介してケアホテルへの入所を申請した。しかし、必要がないとして断られてしまった。

ところで、ケアホテルの会員に対しては、その入所が権利として保障されているというべきであるから、入所申請があった場合は、当然に入所が認められるべきである。ケアホテルの入所を拒絶したことは、被控訴人らの債務不履行である。

(二) 債務不履行事由二

右の平成四年五月六日のケアホテルへの入所申請の当時、茂子は実際にケアホテルへの入所を必要としている状態にあったのであり、何らの合理的理由なくケアホテルへの入所を拒絶したことは、被控訴人らの債務不履行に当たる。

(三) 債務不履行事由三

右の平成四年五月六日当時、茂子はしばらくライフケアサービス契約(甲八)六条四号所定の専門の担当者による日常の一時的な生活介護(具体的には、メンバーの要介護状態に応じた日常生活上の各種生活介護)を要する状態にあった。しかし、茂子は被控訴人らからこのような契約に定めた介護サービスを受けることができなかった。これはライフケアサービス契約上の債務不履行に当たる。

(四) 債務不履行事由四

右の平成四年五月六日当時、茂子は、しばらくはおかゆ等の特別食を作ってもらい自室まで配膳してもらう必要があった。また、通常食にもどってからでも分食サービスを受ける必要があった。しかし、茂子は被控訴人らから、このような契約に定めた特別食、分食などのサービスを受けることができなかった。これはライフケアサービスの契約上の債務不履行に当たる。

(五) 債務不履行事由五

右の平成四年五月六日当時、控訴人らの次男の良次が茂子の介護のため一時逗留していた。ところが、岩崎ディレクターから滞在資格を問題とされたため、控訴人らは、平成四年九月一七日ころ、被控訴人らに対し、控訴人市松のメンバー資格を良次と交替するか又は良次を新規にメンバーとして登録するよう申請した。しかし、被控訴人らは、平成五年一月二六日、良次が五五歳に達していないことを理由に、メンバー登録を断った。

メンバーが介護が必要であるときに、その者の家族が介護をするために新規にメンバー登録をしたいと申請した場合には、これを認めても特段本件マンションの予定した利用形態に反する利用がなされるおそれはないから、年齢の基準にかかわらず、メンバー登録を認めるべきである。このように合理的理由なくメンバー登録を拒絶したことは、被控訴人らの債務不履行に当たる。

(六) 債務不履行事由六

右のとおり良次をメンバー登録することを断られたため、控訴人らは平成五年一月三〇日、岩崎ディレクターに対し、良次がゲストとしてでなく茂子の付添人として滞在するにはどのような手続が必要であるのかを問うた。これに対して被控訴人らは明確な返答をしなかった。また同年二月一七日には、(株)中銀ライフケアの松川彰部長が本件マンションに来て控訴人市松と話し合いをした際にも、右の点に関して明確な返答をしなかった。

被控訴人らとしては、このような場合、家族がメンバーの介護のために共に本件マンションに滞在するためにはどのような手続をとるべきかについて明確な回答をするべきである。それがなければ、メンバーとしては、いかにして家族の介護を実現できるのかわからず、安心して本件マンションへの滞在を全うできない。このように、控訴人らからの上記質問に明確な回答をしなかったことは、ライフケアサービス契約上の債務不履行に当たる。

(七) 債務不履行事由七

被控訴人の主張によると、本件マンションについては家族による付添いは原則として認められず、付添いの要否は被控訴人らが判断することになっている。これらは本件マンション購入時に控訴人らが全く予想しなかったことである。もし、これらのことについて説明されていれば、控訴人らは本件マンションを購入することはなかった。そして、本件マンションのようにその利用形態について普通のマンションと異なるさまざまな制約がある場合には、被控訴人は売主として、右のような運用が予定されていることを買主に十分説明すべきである。しかるに、本件マンション売買契約当時、このような説明はなかった。これは、被控訴人による本件マンション売買契約上の説明義務違反に当たる。

4  控訴人らは、右のような債務不履行を原因として、平成八年四月一〇日、当審第一回口頭弁論期日において、同年三月二六日付控訴人ら第一準備書面を陳述することにより本件マンション売買契約、ライフケアサービス契約、ケアホテル会員契約を同時に解除する旨の意思表示をした。

よって、控訴人らは、被控訴人に対し、本件マンション売買契約の解除に基づく原状回復として、それぞれ金三〇〇一万円及びこれに対する平成六年七月八日(訴状送達の翌日)から支払済みまで年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各契約の締結は認める。

2  同2は、否認する。

本件マンション売買契約、ライフケアサービス契約、ケアホテル会員契約は、別個の契約であって、一つの無効ないし解除事由が当然に他の契約の効力に影響を及ぼすということはない。ことに、ケアホテル会員契約は、本件マンション売買契約とは全く別個の付加価値的契約であることは、本件マンション居住者の必ずしも全員がホテル会員となっていないことからも明らかである。なお、平成六年一月末現在、ライフケアメンバー二四七名中、ケアホテル会員契約に基づく特別会員は二二一名で、二六名が未登録である。

3  請求原因3について

(一) 請求原因3(一)中、茂子の手術、平成四年五月六日に茂子が本件マンションに戻ってきたことは認めるが、その余は否認する。

控訴人らからケアホテルヘの入所申請はない。むしろ、茂子が本件マンションに戻ってきたときに、被控訴人側の蛯名看護婦は、茂子の体調を心配して、ケアホテルへの入所を勧めた。しかし、控訴人らは普段どおりの生活をして自分らで頑張ってみるからと申し出て、入所を控訴人らの方から断ったのである。

(二) 同(二)については、否認する。そもそも控訴人らからケアホテルへの入所申請はなかったのであるから、控訴人らの主張は前提を欠く。

(三) 同(三)は、否認する。

ライフケアサービス契約(甲八)六条四号にいう「専門の担当者による日常の一時的な生活介護」とは、具体的にはライフケアサービス契約細則(甲一〇)の一九条により「ナース、ヘルパー等による日常生活上の一時的介護」を指すが、これはメンバーの要請により行うのが原則である。

本件の場合、茂子が手術後に帰館してからは、良次が日常的に同居し、食事なども自室へ持ち帰っていたのであり、したがって、控訴人らから何事であれナースやヘルパーへの日常の生活上の一時的介護の要請を受けたことは全くない。

(四) 同(四)は、否認する。

特別食(おかゆ)や自室への配膳サービス、分食などのサービスもメンバーからの要請、申込みがあって初めて(株)中銀ライフケア側で対処するものである。しかし、本件の場合、控訴人らから特別食や自室への配膳サービス、分食などの要請が被控訴人らへ行われた事実はない。このことは食事台帳(乙九)を見れば明らかである。そもそも平成四年五月中は茂子については食事の申込みは全くなく、同年六月中はわずか二日分、七月は朝一一日、夕一五日であり、しかもすべて持ち帰りであり、良次が自室へ持ち帰りを行っていた。

(五) 同(五)は、否認する。

そもそも、控訴人らの立論は、平成四年九月一七日ころ及び平成五年一月二六日ころに、茂子において介護者を必要とするほどの要介護状態にあったことを前提としているのであるが、そのような事実は認められないから、控訴人らの主張は前提を欠く。

仮に、控訴人らの主張を前提にしたとしても、本件マンションでの生活は、メンバーとなってケアサービスを受けることにより快適で健康な老後生活を送ることに主眼をおいている以上、年齢等の制限があることは当然である。メンバーの介護が必要な場合は例外的に若くても家族の一員をメンバー登録させる義務があるというのは独自の見解に過ぎない。

(六) 同(六)は、否認する。

控訴人らのこの点の立論は、(五)と同じく、平成五年一月三〇日ころ及び同年二月一七日ころ、茂子において介護を必要とするほどの要介護状態にあったことを前提としているが、そのような事実は認められないから、控訴人らの主張は前提を欠く。

なお、良次の件の真相は以下のとおりである。

本来本件マンションの利用は、登録したライフケアメンバーに限るのであるが(管理規約、ライフケアサービス契約に明記されている。)、同メンバーが病気等で継続的介護を要することになったときは(一時的介護はへルパーが担当。甲一〇のライフケアサービス細則一九条)、(株)中銀ライフケアの承認を得て付添人(介護人)を置き、本件マンション内で生活することもできるとされている(同細則二〇条、二一条)。ところが、良次は、その同居につき(株)中銀ライフケアの承認も得ず、茂子が平成四年五月はじめに手術を終えて帰館したときから専有部分に同居し始めた。茂子はその後順調に回復し、他のメンバーと散歩や買物もするようになり(乙四)、岩崎ディレクターその他誰の目からみても継続的介護を要する状態でないと見えた。しかし、それでも良次は同居を続けたので他のメンバーから苦情が出るようになった。そこで、岩崎ディレクターは控訴人ら及び良次に善処を求めたが、良次は、息子が母親の面倒をみるのがどうして悪いのかと開き直って長期滞在にこだわり、退去する様子をみせなかった。(株)中銀ライフケアの松川部長や岩崎ディレクターは平成四年一〇月ころから平成五年二月中旬にかけて控訴人ら及び良次と何回か問題を協議したが、問題は解決しなかった(なお、松川部長らは、この話し合いの過程で、事態を円満に解決するため、特別に一定の費用支払を伴う準メンバーとしての資格を作れないか検討したが、最終的には困難となった。もっともその後、良次の側でも準メンバー資格のために新たな金を出す気はないとの意向を伝えたので、いずれにせよ、この話は立ち消えとなった。)。そうこうするうち、平成五年三月には、良次が参加した卓球のサークル活動が良次の粗野な言動から退会者が相次いだり、平成五年六月には、良次と他のライフケアメンバー二名の間に具体的なトラブルが発生し、そのうちのある者は恐怖心から一時居所を変更し、法律専門家に事態の対応を相談するまでになった(なお、右六月当時、茂子から提出された熱函病院の診断書(乙六)によれば、茂子は日常生活に支障ない状態であったので、良次が介護のため付き添う必要はなかったことは明らかである。)。このため、本件マンション内のライフケア運営委員会でも正式に問題を取り上げざるを得なくなり、平成五年六月から八月にかけて、控訴人らに事態の改善や規約の遵守を守る正式の勧告を行うべく準備中に、控訴人市松からディレクターに善処を示唆する申し出があったため、右運営委員会としては、同年八月、控訴人らに対して、今後は管理規約などを精読遵守してほしい旨の穏便な要望書を交付するにとどめて事態を収束させたのである。

(七) 同(七)は、否認する。

被控訴人は、本件マンション販売時に、控訴人らに対し、マンションの入居資格を含むメンバー登録制の意味を説明し、重要事項説明書(甲四)を交付した上で売買契約書(甲三)の調印をし、かつライフケアサービス契約書(甲八)の調印をしてライフケアサービス細則(甲一〇)を交付した。その中には、メンバーが継続的な介護を要する状態に陥った場合に、(株)中銀ライフケア側の承認を得て家族その他の者を付添人(介護者)として付けることができる趣旨がライフケアサービス契約一七条、細則五章に明記されている。

なお、介護の要否については実務的にはディレクターが諾否を決めるとしても、ディレクターが、ナース、ヘルパーなどの日常的な観察や必要に応じて担当医師の意見をも徴した上でメンバーと協議し客観的な判断を行っているもので、被控訴人において一方的に判断するものではない。

理由

一  請求原因1の①本件マンション売買契約、②ライフケアサービス契約、③ケアホテル会員契約が、それぞれ控訴人らと被控訴人、(株)中銀ライフケア、中銀ケアホテル(株)との間で締結されたことは、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(右①ないし③の契約の一体性)について

1  本件マンションの売買契約書(甲三)の冒頭には「このマンシオンは、ライフケアを目的として分譲されるものです。従ってライフケア契約と土地付区分所有建物の売買契約を一体化した契約書とします。」と記載され、その条項中には「ライフケア契約は、原則として入居時に年齢五五歳以上、かつ健康状態通常(自己生活可能)な方の精神的、身体的健康維持に関するライフケアサービスを、土地・建物の管理とともに、別に定める(管理規約及びライフケアサービス契約)に従い提供するものです。なお、買主(甲)は、土地・建物をライフケアを目的とする住居のみに使用するものとし、ライフケアメンバー以外の第三者を居住させるときは、予め乙(被控訴人)の書面による承諾を得なければなりません。」(二条)、「甲は、本物件の引渡日までに、株式会社中銀ライフケアとの間において別途管理規約の承認、管理委託契約及びライフケアサービス契約を締結するものとし、……、引渡日以降は、管理規約、管理委託契約書及びライフケアサービス契約書に定めるライフケア管理費・修繕積立金・水道・電気・給湯料金等を負担しなければなりません。」(二〇条)、「甲または乙は相手方が本契約に違反し、かつ相当の期限を定めた履行の催告に応じない場合は本契約を解除(することができ)……この場合……ライフケアメンバー契約の締結も当然消滅するものとします。」(二三条)、「買主(甲)は、土地・建物をライフケアを目的とする住居以外の用に供してはならないものとします。ライフケアメンバー以外の第三者を居住させるときは予め乙(被控訴人)指定の管理受託会社である(株)中銀ライフケアより書面による承諾を得なければならないものとします。甲は本物件の所有権取得後、第三者にその所有権を移転する時は予め管理会社に書面による届け出をし、新たな譲受人及びライフケアメンバーの入居資格を得てから譲渡契約をしなければならないものとします。」(二四条)との記載がある。

そして、控訴人らと(株)中銀ライフケアとの間で、本件マンション売買契約と同時に締結されたライフケアサービス契約書(甲八)では、(株)中銀ライフケアがライフケアメンバーとなった者に対して提供するライフケアサービスの内容として「ロビー、ラウンジ、食堂、ホール、温泉大浴室、図書室等の各種施設の維持運営、食堂における三度の食事の提供、保健衛生サービス、介護サービス、余暇活動サービス、助言・相談サービスその他」が定められ(六条)、他方ライフケアのメンバー一名当たり八〇万円の運営保証金、月額六万四〇〇〇円のライフケア管理費、原則として月額一人当たり四万二〇〇〇円の食費の支払義務があること(七条、九条、一〇条)、ライフケア管理費についてはいわゆる建物の管理費に当たる部分の費用とライフケアサービスのための費用(被控訴人の呼称では「ライフケア費用」)の合算した費用(この合算したものを「ライフケア管理費」と呼ぶ。)を支払うものとし、その分割を請求できず(七条五項)、マンション所有者はマンションを第三者に売却する場合でも、その第三者にマンションの所有権を移転しかつ(株)中銀ライフケアとの間にライフケアサービス契約を締結するまでは、ライフケア管理費を支払わなければならないこと(二七条二項)等が定められている。

2 以上によれば、本件マンションの売買契約(甲三)とライフケアサービス契約(甲八)とは、形式上は契約の当事者も異なる別個の契約となっているが、上記のような契約内容から明らかなように、本件マンションの購入者は(株)中銀ライフケアとの間でライフケアサービス契約を締結してライフケアメンバーとなることが売買契約上必須の内容となっており(転売する場合においても転売先の第三者がライフケアサービス契約を(株)中銀ライフケアとの間に締結してライフケアメンバーとなる必要がある。)、本件マンションの区分所有権の得喪とライフケアサービス契約のメンバーとなることは密接に関連づけられ、被控訴人は両者がその帰属を異にすることを予定していないのみならず、およそライフケアサービスの内容とされる物的施設及び食事を含む各種サービスの提供、利用関係を抜きにしては、居住の用に供すべき本件マンションの所有権取得の目的を達することができない関係にあるというべきである。その意味で、本件マンションの売買契約とライフケアサービス契約とは相互に密接な関連を有し、前者の解除が契約条項上当然に後者の契約の消滅事由とされている(二三条)にとどまらず、後者について債務の本旨にしたがった履行がないと認められる場合には、本件マンション売買契約を締結した目的が達成できなくなるものというべきであり、ライフケアサービス契約について債務不履行を原因とする解除事由がある場合には、控訴人らとしては右ライフケアサービス契約の債務不履行を理由として右ライフケアサービス契約と併せて本件マンション売買契約についても法定解除権を行使し得るというべきである。

3  しかし、③のホテル会員契約においては、上記のような本件マンション売買契約との相互の密接な関連性については、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

かえって、証拠〔甲三、四、六、二六、二七、三七、三八、乙一の1及び2、七、一一、証人高橋洋子(原審)、同小林良次(原審及び当審)〕及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人らは、中銀ケアホテル(株)との間で、第二次特別会員コースの特別会員となる契約を締結したが、その主たる内容は、所定の登録料(一名の場合154.5万円、二名の場合二〇六万円)、預り保証金(一名当たり三〇〇万円)を支払ってホテルの特別会員となると、同社が経営するケアホテルのベッド七三床のうち一五床の特別会員専用ベッドを優先的に利用でき、料金も特別の利用料金で利用できるというものであった(中銀ケアホテル(株)では、会員となることのメリットとして会員専用ベッドの確保と、終身利用目的で長期滞在する場合、所定の月当たり利用料金に加え滞在二〇か月以内は月額保証金の五パーセント償却が実施されるが、それを超えて滞在した場合にも所定の利用料金だけで保証金の追加が必要とされないことを宣伝文句としていた。)。

(二)  ケアホテルは、介護を目的とした滞在施設で、そこで滞在するためには入居後の生活に医療行為を必要とせず、日常生活上の介護で済むことが条件とされていた。サービスのランクとして、①軽介護(ほとんどの日常動作が自力でできる場合。)、②特別第一クラス(かなりの部分で介助を必要とする場合。)、③特別第二クラス(自力では行動できず、全介助を要する場合)と三段階に分けられ、それぞれのサービスのランクごとに滞在料金が定められていたが、①の軽介護の場合には期間一か月以内の短期滞在のみが予定されていた。

(三)  もっともケアホテルの建物の中には診療所が併設され、通いの医師が患者に治療行為を行っており、ホテルの特別会員となった者からは中銀ケアホテル(株)側に、ケアホテルを病院と同じように医療行為を行い、かつ入院ができる施設としてほしいという要望が強く寄せられていた。しかし、控訴人らが特別会員契約を締結した平成二年当時は常勤の医師の確保ができないため医療が必要な者の入院はできず、平成四年二月にケアホテルの建物の増築が行われ診療所の建物の拡充も図られた後も、なお泊まりの医師の確保ができないため入院可能な診療所とするまでには至らなかった。中銀ケアホテル(株)は、これらのことを平成三年六月一二日や平成四年五月一六日ころに行われた説明会で特別会員となった者に説明していた。

(四)  被控訴人会社の営業担当社員高橋洋子は、本件マンションの購入の勧誘をする際には、将来介護を要する事態となった場合に備えてケアホテルの特別会員となる方がよいと勧めた。その際、ケアホテルの説明としては、パンフレットを示しながら、寝たきりの状態となった場合などに対応する介護施設であり、ケアホテルの会員登録をすると会員用ベッドが優先的に利用できることなどを説明したが、本件マンションを購入する際には必ずケアホテルの登録もする必要があるとか、ケアホテルが入院治療もできる一般の病院のような施設であるとかの説明はしなかった(控訴人らは、本件マンションの売買契約と同時に被控訴人の販売担当の高橋洋子から本件ホテル会員契約についても勧誘され、その際にケアホテルは普通の病院と同じように病気治療も行え、かつ入院もできる施設であるとの説明を受け、控訴人らもそのように信じたと主張し、甲六の控訴人市松の陳述書や原審及び当審における証人小林良次の証言中にはそれに沿う内容の部分があるが、前掲証拠に照らし採用できない。)。

(五)  本件マンションの近辺には被控訴人が分譲した本件と同様の老人向けケア付きマンションの建物がいくつもあり、その中ほどにケアホテルは所在し、本件マンションとケアホテルとは離れた場所にあり、本件マンション売買契約書上にホテル会員契約に触れた条項はなく、平成六年一月末日現在、本件マンションの住人二四七名中、ケアホテルの特別会員登録をしている者は二二一名で、二六名が未登録である。

以上の事実に照らせば、本件マンション購入後の利用が被控訴人のいう高齢者向けのいわゆるケアサービスを受けての住居に限定されるという特約があることを勘案しても、ケアホテルの特別会員となることは、本件マンションにおいてケアサービスを受けつつ居住することとは別個の利益を付与するものであって、本件マンション売買契約とホテル会員契約はかなり性格が異なり(しかも被控訴人において、本件マンションの販売に当たり、本件ホテル会員契約となることを本件マンション購入の条件としたり、本件マンション売買契約とホテル会員契約を事実上一体のものとして扱っていたという事情も認められない。)、社会通念上ホテル会員契約についての無効原因や債務不履行があった場合には本件マンションの購入の目的までが全体として達成されないという関係にあったとまではいえないというべきであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、控訴人らとしては、仮に、ホテル会員契約について無効または債務不履行に基づく解除原因がある場合でも直ちにこれと併せて本件マンション売買契約の無効を主張しまたは法定解除権を行使するということはできないというべきである。

三  控訴人らの主張する債務不履行事由について

1  債務不履行事由一、二について

控訴人らは、平成四年五月六日、茂子が胃の手術を終えて本件マンションに戻ってきた際に、身体が衰弱しており養生のためケアホテルへの入所申請をしたところ、被控訴人がこれを必要がないとして断ったとして、このことをケアホテル会員契約上の債務不履行である旨主張している。

しかし、ケアホテルの特別会員となる契約と本件マンション売買契約の密接関連性が認められないことは前記のとおりであるから、控訴人らの右主張は主張自体失当というべきである。

しかも、事案に鑑み検討すると、以下の理由から控訴人らの主張する債務不履行事由一、二の前提事実自体を認めることができない。

すなわち、証拠〔甲一の1及び2、二、六、二六、二七、乙一の1及び2、四、六、一二、証人小林良次(原審及び当審)、蛯名千代子(当審)〕及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

茂子は東京の日大病院で胃の手術を受けて、平成四年五月六日夕刻本件マンションに控訴人ら夫婦と息子の良次の三人で熱海からタクシーで帰館した。帰館当座は茂子は元気そうな様子であったが、そのうち食欲不振で衰弱気味の様子が見えたので、同月七日午後、良次はインターホンで対応に出たケアナースの蛯名千代子に対して、しばらく茂子をケアホテルに入室させたいと申し込んだ。蛯名は本件マンションの管理責任者である岩崎ディレクターに良次の意向を伝えたところ、岩崎は職員から帰館当時茂子が元気そうな様子であると伝え聞いていたことから、「いま直ちにその必要はないのではないか。もう少し様子をみたらどうか。」との意見を述べ、蛯名も良次が献身的に茂子の面倒をみていたことから良次の介護で対処できるのではないかと考え、「岩崎ディレクターはケアホテルに入る必要まではないと言っている。」旨を良次に回答した。良次はその回答を聞いて、元来ホテルの特別会員になれば会員用ベッドを優先的に使用できる約束の筈であり、岩崎ディレクターは何の根拠をもってそのようなことをいうのかやや憤然とした気持でそのままインターホンを切ったが、蛯名千代子はそのような控訴人ら側の気まずい雰囲気を察知して、間もなく控訴人らの部屋を訪室し、茂子の血圧、脈、検温の測定などをした後、「やはりケアホテルの利用を希望しますか。」と尋ねたところ、茂子は「良次がまめに世話してくれるからここで療養したほうがよい。」と言い、良次も「食事のことは任せてください、頑張ります。」と述べたので、蛯名はその時点でケアホテルの利用の希望はないと理解した。

その後同月一〇日にも、蛯名千代子は控訴人らの部屋を訪室し茂子の様子をみたところ、脈が微弱で身体が冷え気味であったので、明日にケアホテル内の診療所の医師に意見をきいてケアホテルに入居したほうがよいかどうかきいてみるといって退室した。そして、翌一一日午前九時ころ、蛯名は、控訴人らの部屋に訪室して様子を尋ねたところ、控訴人市松から「ケアホテルの入居は希望しない、できるだけ食べ物を摂取することとしてここで療養させたい。」という返答があったので、蛯名はケアホテルの入居如何についてケアホテルの診療所に照会するまでもなく終わった。その後控訴人ら側からケアホテルへの入室希望が述べられた形跡はない。

以上の事実によれば、前記のようにケアホテルは、いわゆる寝たきりの状態となった重度の要介護状態となった者ばかりを滞在の対象としているものではなく、いわゆる軽介護(ほとんどの日常動作が自力でできる場合)の者も対象としており、茂子は胃の手術を受けて帰館したばかりでホテルの利用資格の面では何らその利用を制限すべき事由もなかったというべきであるから、最初の良次のケアホテルの利用申込に対して岩崎ディレクターや蛯名千代子が格別の説明もしないまま「その必要はないのでは。」と拒絶とも受け取れる返答をしたことは、多額の登録料や保証金を支払ってホテル特別会員となった控訴人らに対して甚だ不相当の措置であったというべく、控訴人らや良次が岩崎ディレクターらの対応に不満を持ち、感情を害したとしても無理からぬ面があったといえる。しかし、一方蛯名はこのような控訴人ら側の不機嫌な雰囲気に配慮して控訴人らを訪室し、改めて控訴人らにケアホテル利用の意向の有無を確認し、茂子や良次からケアホテルには入居せずマンション内での介護に努めてみるとの回答を得ているから(その後六月一〇日から一一日にかけてもケアホテルの利用の意向を打診し、控訴人市松からその意向はない旨の返答を得ている。)、本件の経緯全体をみれば、控訴人らからケアホテルの利用については当初申込みの意向が伝えられたが、結局その後そのような意向は撤回され、正規の申込みがないまま事態が収束されたというべきであり、被控訴人側が控訴人らからのケアホテル利用の正規の申込みに対してこれを拒絶したとまでは認めることはできない。たしかに、控訴人らがこのようにケアホテルの利用をいったんは申し込んだのにその後撤回したのは、前記のように当初の岩崎ディレクターや蛯名千代子の「ケアホテル入所の必要まではないのでは。」という返答に釈然とせず、自分らはケアホテル側に歓迎されないのではないかとの不信感を抱いたことと無関係ではないと考えられるが、控訴人らのケアホテル利用の意向は自らの判断で撤回されたとみるべきであり、以上の経緯を考慮しても前記認定を左右するに足りない。

そうすると、控訴人らの主張する債務不履行事由一、二は理由がないというべきである。

2  債務不履行事由三、四について

控訴人らは、債務不履行事由三として、「平成四年五月六日、茂子は胃癌の手術を終えて本件マンションに戻り、しばらくライフケアサービス契約(甲八)六条四号所定の専門の担当者による日常の一時的な生活介護を要する状態にあったのに、被控訴人らからこのような契約に定めた介護サービスを受けることができなかった。」旨を、債務不履行事由四として、「平成四年五月六日当時、茂子は、胃癌の手術を終えて本件マンションに戻ってきたが、しばらくはおかゆ等の特別食を作ってもらい自室まで配膳してもらう必要があり、通常食にもどってからでも分食サービスを受ける必要があったのに、被控訴人らからこのような契約に定めた特別食、分食などのサービスを受けることができなかった。」旨を各主張し、これはライフケアサービス契約上の債務不履行に当たると主張する。

しかしながら、債務不履行事由三については、控訴人らの主張の前提となるべき「茂子について、ライフケアサービス契約(甲八)六条四号所定の専門の担当者による日常の一時的な生活介護を要する状態にあった。」ことについてその具体的な主張立証はない。のみならず、甲第八、第一〇号証によれば、ライフケアサービス契約(甲八)六条四号にいう「専門の担当者による日常の一時的な生活介護」とは、具体的にはライフケアサービス契約細則(甲一〇)の一九条に「日常の一時的な介護は、ケアディレクター、医師、ケアナースの判断のもとに、ケアヘルパーがこれを行います。」と定められ、右細則に定められているヘルパーなどによる日常生活上の一時的介護は、メンバーの要請により行うのが原則であると認められるところ、控訴人らが具体的にナースやヘルパーへの日常の生活上の一時的介護の要請をしたことは本件証拠上認められないから、控訴人らの債務不履行事由三の主張はその前提を欠くもので失当というべきである。

また、債務不履行事由四についても、証拠(甲八、一〇、乙九)及び弁論の全趣旨によれば、特別食(おかゆ)や自室への配膳サービス、分食などのサービスはメンバーからの要請、申込みがあって初めて(株)中銀ライフケア側で対処すべき義務が発生すると認められるところ、本件の場合、控訴人らから特別食や自室への配膳サービス、分食などの要請があった事実はなく、かえって、平成四年五月中は茂子については食事の申込みはなく、六月中はわずか二日分、七月中朝一一日、夕一五日であり、すべて良次が控訴人らの自室へ持ち帰っていることが認められる。そうすると、控訴人ら主張にかかる債務不履行事由四についても控訴人らの主張はその前提を欠き、失当である。

3  債務不履行事由五、六について

(一)  控訴人らは、債務不履行事由五として、「メンバーが介護が必要であるときに、その者の家族が介護をするために新規にメンバー登録をしたいと申請した場合には、年齢の基準にかかわらずメンバー登録が認められるべきであり、合理的理由なくメンバー登録を拒絶したことは被控訴人らの債務不履行に当たる。」旨主張し、また、債務不履行事由六として、「良次がゲストとしてでなく茂子の付添人として滞在するにはどのような手続が必要であるのかを問うたのに対して被控訴人らが明確な回答をしなかったことは、ライフケアサービス契約上の債務不履行に当たる。」旨主張する。

(二)  茂子が平成四年五月六日に胃の手術を終えて帰館したときから平成五年夏ころまで良次が茂子らと共に本件マンションに他のマンション居住者と同様な態様で滞在したこと、良次は右の滞在につき被控訴人や(株)中銀ライフケアの承諾を得ていなかったことは当事者間に争いがない。

ところで、証拠(甲三、四、八ないし一〇)及び弁論の全趣旨によれば、本件マンションの利用は、(株)中銀ライフケアとライフケアサービス契約を締結しメンバーとして登録した者に限られ、メンバー以外の者を本件マンションに居住させる場合には事前に被控訴人や(株)中銀ライフケアの書面による承諾を要し〔本件マンション売買契約(甲三)二条、二四条、管理規約(甲九)一三条、ライフケアサービス契約(甲八)二一条等参照。〕、メンバーが病気等で継続的介護を要することになったときは、(株)中銀ライフケアの承認を得て付添人(介護人)を置き、本件マンション内で生活することもできるとされている(同細則二〇条、二一条)。したがって、メンバーの家族(子等)は、メンバー(親等)が自力で日常生活上の身の回りの世話ができず介護を要する状態にあると認められる場合には、事前に被控訴人又は(株)中銀ライフケアの承諾を得て本件マンションに同居しメンバーの介護をなし得るものというべきであるが、メンバーである親等が客観的に介護を要すると認められる場合でないのに、しかも無断でメンバーとともに本件マンションに居住し、他のメンバーと同様にライフケアサービス契約に定められた各種サービスを受ける結果となることは許されないことは右各条項上明らかである。そして、右のような規定のあることは、ライフケアサービス契約に基づくサービスはメンバーに対してのみ有償で提供されることが予定されていること、本件マンションはいわゆる高齢者向けのケア付きマンションで、平穏で静かな生活環境の維持を主眼とし、家族であってもメンバー以外の者が日常自由に本件マンション内で生活することを許すときはこのような静かな生活環境を乱すおそれがあることからみて不合理なものということはできない。

ところで、控訴人らは、本件における良次の滞在を被控訴人が問題視し暗に退去を求めたこと、良次にメンバー資格を認めなかったこと、良次が本件マンションに滞在する方法について明確な回答を示さなかったこと等をもって(株)中銀ライフケア側の債務不履行事由とするものであるが、控訴人らの立論は、茂子が平成四年五月六日に胃の手術を終えて帰館したときから同年九月一七日ころまで、さらに平成五年一月二六日ころや二月一七日ころまで要介護状態にあり、良次は茂子の介護のため滞在していたものであることを前提としている。

しかし、茂子が胃の手術を受けて帰館した当座はともかく、引き続き控訴人らの主張する時期まで、控訴人らの主張するように一人では日常生活上の身の回りの世話も十分できず、常時介護が必要な状態にあったことは本件証拠上認めがたい。かえって、証拠〔乙四、一三、証人蛯名千代子及び同松川彰(いずれも当審)〕及び弁論の全趣旨によれば、茂子は平成四年五月後半ころには普通食も摂取し、六、七月ころには散歩や買物にも出てきたり、秋口には午前の体操にも参加するようになって健康状態は回復しており、平成五年六月一七日の熱函病院の診断書では「胃潰瘍(術後)。頭書の疾患により、術後、経過小康状態にて、外来にて加療中。(特に現在は、日常生活に支障なし)」とされていることが認められる(なお、甲二八、二九、弁論の全趣旨によれば、茂子はその後平成八年末ころから心房細動や老人性白内障、網膜動脈硬化症など健康を悪化させ、当審口頭弁論終結後平成一〇年一月三〇日に死亡したことが認められるが、このことは前記認定を左右するものではない。)。そうすると、良次が胃癌の手術後の母茂子の容態を心配し、本件マンションに同居して親孝行したいという強い願望を有していたことは理解できるとしても、本件マンションが高齢者向けのケア付きマンションで、茂子が客観的に日常生活上要介護状態にあったとまではいえない以上、良次の滞在は本件マンション売買契約やライフケアサービス契約の前記条項に違反するものであることは明らかで、控訴人らの前記債務不履行事由五、六の主張は、その前提を欠くというべきである。

そして、本件マンションでの生活は、高齢者向けケア付きマンションとしての平穏で静かな老後生活を送ることに主眼をおいており、メンバーとなる資格として前記のとおり原則として五五歳以上という年齢制限をおいていることが不合理なものということはできず、メンバーの介護が必要な場合は例外的に若くても家族の一員をメンバー登録させる義務があるというのはそれ自体独自の見解に過ぎない。また、本件マンションが高齢者向けケア付きマンションという性格上メンバーとなる所定の年齢に達しない良次の滞在を可能にする方法を被控訴人側が明確に示さなかったとしても、これを債務不履行ということはできない。

そうすると、控訴人らの主張にかかる債務不履行事由五、六の主張は、いずれも理由がなく採用できないというほかはない。

4  債務不履行事由七について

控訴人らは、債務不履行事由七として家族付添の件に関し、被控訴人による本件マンション売買契約上の説明義務違反を主張する。

しかしながら、証拠〔甲三、四、八ないし一〇、乙七、証人高橋洋子(原審)〕及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件マンション売却時に、控訴人市松に対し、本件マンションがいわゆる高齢者向けのケア付きマンションであって、居住は(株)中銀ライフケアとケアサービス契約を締結したメンバーに原則として限られることを説明し、重要事項説明書(甲四)を交付した上で売買契約書(甲三)を調印し、かつライフケアサービス契約書(甲八)を調印してライフケアサービス細則(甲一〇)を交付したこと、その中には、メンバー以外の第三者を本件マンションに居住させる場合には事前に被控訴人又は(株)中銀ライフケアの書面による承認が必要であり(売買契約書(甲三)の二条、二四条)、メンバーが疾病等の理由で日常の起居に継続的介護を要する状態に陥った場合は、(株)中銀ライフケア側の承認を得た上で介護人又は有料派遣ヘルパーをつけて本件マンションで療養することができること(ライフケアサービス契約書(甲八)の一七条、ライフケアサービス契約細則(甲一〇)の五章)等が明記されていることが認められる。

そして、本件マンションは、いわゆる高齢者向けのケア付きマンションであり、ケアサービス契約は有償であるから、理由の如何を問わずメンバー以外の者は家族であっても自由に本件マンションに居住できるものではないことは、契約自体から容易に認識し得るものというべきであって、本件において被控訴人に控訴人らが主張するような説明義務違反があったと認定することは到底できない。

四  以上の次第で、控訴人らの請求はいずれも理由がないと認められる。

そうすると、これと同旨の原判決は相当であって、本判決当事者欄表示の控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井史男 裁判官大島崇志 裁判官豊田建夫)

別紙物件目録<省略>

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